『ドクリツ!』

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僕は人生を諦めました。これからは好きなことだけやって生きていきます

こんにちは、道玄坂学徒です。

仕事を辞めて無職・ニートになってから、人生の充実っぷりがハンパじゃないです。

公務員時代の方がよっぽどお金も将来性もありましたが、お金も未来もない今の方が明らかに幸福感で包まれているという矛盾。

自分にとっての幸せとは何なのかというのを、世間の価値観ではなく自分の価値観で決めて行動した結果、圧倒的な幸福感に包まれながら生活できるようになりました。

学徒は大企業サラリーマンとしての安定した人生は諦めましたが、その代わりに自分の好きなことだけを徹底的に追求しながら生きていける幸せを掴みつつあります。

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1.お金はないけど有り余る時間と自由を手に入れた

学徒は安定しているといわれる公務員を辞めて無職・ニートになりました。

最近バイトを始めましたが、生活費が足りないので今は貯金を切り崩しながら生活しています。

公務員時代よりもずいぶん貧乏生活でちょっとした買い物をするにも値段を気にする始末ですが、その代わりに圧倒的な時間と自由を手に入れました。

今日やることを今日の気分で自分で決められる気楽さは筆舌に尽くしがたいものがありますよー。

今はブログでお金を稼ぐことを目指していますが、最近では最悪うまく行かなくても別にいいやと考えています。家賃の高い渋谷から東京郊外に引っ越して、ちょっとばかしバイトの量を増やせば余裕で生活できることが分かっているからです。

学徒はまだぎりぎり20代なので、今から本気で就職活動に励めば、まぁまぁの企業に就職することも可能でしょう。

でも、まともな企業で正社員として働くのはもう諦めちゃって、フリーターでもなんでも生きていくのに最低限のお金だけ稼いで生きていこうかなぁと考えています。

だって、安定していて世間体も給料もいい公務員時代より、今の生活の方が幸せなんですもん。

2.大企業を勤め上げるのは果たして立派なのか?

学徒は大学時代から自分が生活に関するお金にあんまり興味が無いことは分かっていました。

それでも最終的には就職活動をして公務員の道を選んだのは、無意識のうちに当時の大学時代の同級生に負けられないというプライドのようなものがあったからです。

仮想ライバルみたいな友人があの企業に行くなら、俺はそれと同等かそれ以上にいいところに行かないと気がすまないみたいな感覚って分かってもらえますかね??

でも、実際に就職して働いてみると、みんな忙しくて当時の友人とはほとんど連絡取らなくなります。もはや誰がどこに就職して、給料をいくら貰ってるとかってどうでも良くなってくるんですよね。

そうして初めて気付いたわけです。

もともと公務員の安定性とか給与に興味がなかった学徒にとって、想像以上にやりがいのなかった公務員の仕事を今後も続けていく意味はなんなのかって。

結局、入社試験さえ突破して、最初の3年とかをしっかり業務を回せたなら、その時点でその後もその会社でやっていけるという「能力の証明」みたいなものは終わってるわけです。

もちろんその後の業績とかで出世できるかどうかが決まってくるわけですが、それなりに頑張ってればそれなりに出世して、それなりに定年まで勤め上げることはできるわけじゃないですか。公務員とか特にそうなんですよ。

それが分かっちゃうと、別に定年まで勤め上げることがそんなに自慢できるほど偉いことでもないなぁと思えてくるわけです。

3.高収入の人は偉いのか?

正直に言うと、学徒は平均年収とか凄い気にしちゃうタイプでした。

なんというか、大した実力も無いくせにくだらないプライドばっかり高いんですよねぇ(笑)

なので学生時代はプレシデントって雑誌の「平均年収ランキング特集」とか見て、年収1000万円超えるのはどこの企業かとか気にしちゃってたわけです。

でも、実際に自分が社会人になって働いてみると、高収入の企業のほとんどは残業まみれで、残業代によって年収が押し上げられてるという実体が見えてきます。

結局、日本では高収入と言われるサラリーマンのほとんどが、優秀だからという理由ではなく、単に長時間働いているから高収入なわけです。

これってそんなに偉いことなんですかね?

①月に300時間働いて年収1000万円の人と、②月に160時間働いて年収533万円の人と、③月に60時間だけ働いて年収200万円の人は、労働生産性という観点から見ると同等の価値を持つはずです。

時給が同じ状態で、たくさん働くほど年収が上がる構図において、高収入の人が偉いとは学徒にはとても思えません。

4.将来を心配するほどの大した人生か?

実際に公務員を辞めるまで、学徒はずっと自分の将来を心配していました。

「本当に安定した仕事を手放していいんだろうか?」とか「もし失敗したらどうしよう?」とかいう気持ちがずっとぐるぐると頭の中をさまよっていたのです。

でも、実際に辞めてみると、実はどうってこと無かったんだなぁということがやっと分かりました。

当たり前ですが、学徒が仕事を辞めたところで世界に何も影響は無かったのです(笑)

実際、世間様にとって、学徒のことなどどうでもいいんですよ。

2ヶ月前に退職した会社でさえ、既に9割ぐらい学徒の存在を忘れているでしょう。

ある時ふと、そんないてもいなくても大して影響の無い人材の学徒が、将来を必死で心配していて、なんだか自分でも滑稽だなぁと思うようになりました。

たとえ今この瞬間に学徒が消えてしまったとしても、親や友人がちょっと悲しんでくれる程度で世界に何の影響もありません。学徒の人生などそんなものです。

将来を心配するほど大した人生でもないのだから、心配するだけ損だと思いませんか?

5.何が大切かは自分で決める

結局、これまでの人生の中で学徒が悩んできたことの大半は「他人からの評価」を気に過ぎたことが原因です。

「同級生よりもいい会社に入りたい」 、「同期よりも出世したい」、「世間の平均以上の給料をもらいたい」など、これらは全部「他人からの評価」を気にした結果出てくる感情です。

本来の学徒にとっての幸せは、「衣食住が最低限整った状態で、自由な時間に好きなことを思いっきりやること」たったそれだけです。

日本はどうしても村社会なので「他者からの評価」を気にする傾向が強いですが、誰になんと言われようと自分の大切なものを貫く生き方の方がずっと有意義な人生に繋がると思いませんか?

6.これからは好きなことだけやって生きていきます

そういうわけで、大企業のサラリーマンとしての人生は諦めたので、これからは好きなことだけやって生きていきます。

ブロガーとして生計を立てるという目標を達成できるかはまだ分かりません。が、とにかく今は「どうやったらアクセスが増えるかな?」とか「収益を増やすにはどうしたらいいんだろう」とか考えて、実験して、うまくいかなくて悩んでる毎日が楽しくて仕方ないのです。

 

このブログを読んでくれている人の中には、今の生活に不満を持っている人もいるはずです。学徒のような選択が全ての人にとって幸福だとは思いませんが、少なくとも「他人からの評価」ばっかり気にして生きていくのはオススメしません。

今週末にでも一度、世間の常識を取っ払ったうえで、自分の人生にとって何が大切なのか考えてみてはいかがでしょうか?

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